『王とサーカス』米澤 穂信
ネパール旅行の前に、「せっかくなら舞台がネパールの小説を読んでみたい」と思い、手に取ったのが、米澤穂信さんの『王とサーカス』でした。
あらすじ|ネパールを舞台にしたミステリー
新聞社を辞め、フリーの立場で新たな一歩を踏み出した太刀洗万智。彼女は雑誌の海外特集の取材でネパールを訪れます。
しかしその最中、2001年6月、カトマンズの王宮で実際に起きた王族大量射殺事件が発生。
国王や王妃を含む王族の大半が射殺されるという衝撃的な事件を前に、元記者としての血が騒いだ万智は、真相を追い始めます。
ところが、彼女の前に現れたのは、ひとつの無惨な死体。
「この男は、私のために殺されたのか? それとも…」
事件を追う旅はやがて、万智自身の過去や信念にも深く切り込んでいきます。
実際の王宮事件をリアルな土台としつつも、架空の登場人物と物語を通して、「真実を知ること」「それを伝えること」の重さと責任を問いかけてくる、哀しくも鋭い社会派ミステリーです。
ミステリーとしての面白さはもちろんですが、ネパールという国をより深く知るきっかけにもなりました。
カトマンズ盆地はかつて湖だった?神話と地質学
物語の中で紹介される、こんな神話があります。
この土地はかつて湖の底だったという。 神話によれば、釈迦が誕生した時、神々の一人がそれを祝して山を切り裂いた。湖の水が流れ出した後に肥沃な土地が残り、そこにカトマンズという都市が作られた。
米澤 穂信. 王とサーカス 太刀洗万智シリーズ (創元推理文庫) (p. 12). (Function). Kindle Edition.」
調べてみると、これは実際に地質学的にも裏付けがある話だそうで、今でも淡水魚の化石が見つかることがあるそうです。
旅先の風景に、そんな神話的な背景が重なると、目に映る景色の奥行きが一気に増すような感覚があります。
ネパールの暮らしと取材の基本
日常の食事の時間も、日本とは少し違います。
「ネパールでは食事は一日二回、朝の十時ごろと夜の七時ごろというのがふつうです。最近は始業の早い海外の企業も進出してきていますから、朝に食べる人も増えているようですが」
米澤 穂信. 王とサーカス 太刀洗万智シリーズ (創元推理文庫) (p. 49). (Function). Kindle Edition.
取材の基本は4W1Hにある。いつ、どこで、誰が、何を、どうやって。「なぜ」は、最初の段階では考えない。それは予断になる。
米澤 穂信. 王とサーカス 太刀洗万智シリーズ (創元推理文庫) (p. 92). (Function). Kindle Edition.
物語の主人公・太刀洗万智は、元新聞記者という立場から再び“伝える”ことに向き合っていきます。
その中で描かれるのは、情報を発信する者としての責任や、報道が持つ影響力の大きさでした。
「伝えること」の責任と影響力を考える
(報道の良い面・難しい面、情報発信の重さについて感じたこと)
とくに心に残ったのが、ある登場人物のこんな言葉です。
「仕事もないのに、人間の数だけ増えたんだ」 ……ああ! 「増えた子供たちが絨毯工場で働いていたら、またカメラを持ったやつが来て、こんな場所で働くのは悲惨だとわめきたてた。確かに悲惨だったさ。だから工場が止まった。それで兄貴は仕事をなくして、慣れない仕事をして死んだ」 わたしは聞いた。何度も聞いていた。
米澤 穂信. 王とサーカス 太刀洗万智シリーズ (創元推理文庫) (p. 417). (Function). Kindle Edition.
報道のおかげで、例えば乳幼児の死亡率が大きく減るなど、実際に良い変化も生まれています。
しかし一方で、善意や正義の気持ちから発せられた言葉や報道が、現地の人々の生活を思わぬ形で揺るがせてしまうこともあるのです。
つまり、報道は「真実を伝える」ことが使命ですが、それが必ずしも「正しいこと」や「みんなにとって良いこと」になるとは限らない。
そんな複雑な現実を改めて考えさせられました。
知は尊く、それを広く知らせることにも気高さは宿る。
米澤 穂信. 王とサーカス 太刀洗万智シリーズ (創元推理文庫) (p. 171). (Function). Kindle Edition.
それでも、知ろうとすること、伝えようとすること自体を否定してはいけない。
だからこそ、何をどう伝えるかを、常に問い続ける必要があるのだと思います。
さいごに|今の時代に問われる発信の意味
今は誰もが自由に情報を発信できる時代です。
その一方で、発信する内容が誰かの生活や心に影響を与えることも忘れてはいけません。
だからこそ、伝える側としての責任と、発信の意味を深く考えることがますます大切だと感じました。
『王とサーカス』は、そのことを静かに問いかけてくれる一冊です。
こんな人におすすめ
・社会や歴史の背景に興味がある方
・報道やメディアのあり方について考えたい方
・ミステリーが好きで、現実の事件を題材にした物語に惹かれる方
・ネパールや異国の文化に触れたい方
ぜひ、ネパール旅行の前後に読んで、旅と物語の両方をより深く楽しんでみてください。
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