『国宝』吉田修一

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『国宝』吉田修一

昭和から平成へ──
時代が変わっても変わらないもの、それは“芸”に生きる者たちの覚悟と情熱。

『国宝』は、ふたりの歌舞伎役者、喜久雄と俊介の人生を軸に、華やかな舞台の裏にある血のにじむような努力、友情、そして心の闇を描き出した長編小説です。

喜久雄は壮絶な過去を背負いながらも、芸の道にすべてを捧げる孤高の天才。
俊介は家柄に恵まれたエリートながら、喜久雄と真っ向から向き合うライバルであり、唯一無二の友。

ふたりの間に流れる絆と緊張感。
ぶつかり合い、支え合いながら、ただ“完璧な芸”を求めて突き進む姿に、心が震えます。

初心者でも歌舞伎の世界に没入できる美しい描写で、私はこれまでに歌舞伎を一度しか観たことがありませんが、まるで自分も観客として座っているかのような臨場感も感じました。
特に、舞台裏で繰り広げられる息詰まるような緊張感や、役者としての生き様が胸に迫ります。
きっと歌舞伎が好きな方は更に楽しく読めるのではないかと思います。

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芸で生きるということ

「おまえに一つだけ言うときたいのはな、どんなことがあっても、おまえは芸で勝負するんや。ええか? どんなに悔しい思いしても芸で勝負や。ほんまもんの芸は刀や鉄砲より強いねん。おまえはおまえの芸で、いつか仇とったるんや、ええか? 約束できるか?」

吉田 修一. 国宝上青春篇 (朝日文庫) (p. 268). (Function). Kindle Edition.

作中で、喜久雄がある人物からかけられたこの言葉です。
この一節を読んだとき、背筋がぞくっとしました。
芸を“武器”として生きることを教えられた喜久雄は、まさにその言葉を背負って生き抜いていきます。


完璧を超えた完璧な芸。

吉田 修一. 国宝下花道篇 (朝日文庫) (p. 300). (Function). Kindle Edition.

完璧な芸を求める客がいて、完璧な芸を見せる役者が現れる。  しかし喜久雄の芸はその完璧を超えてしまった。この瞬間、完璧を求める客には喜久雄が見えなくなり、同じように喜久雄には客が見えなくなってくるのではありませんでしょうか。

吉田 修一. 国宝下花道篇 (朝日文庫) (p. 300). (Function). Kindle Edition.

彼が目指したのは、完璧のその先。
観客のためでも、名誉や名声のためでもなく、ただ芸そのものと向き合い続ける人生。
孤独で、厳しくて、それでも尊い。
読んでいて胸が締めつけられる場面が何度もありました。


「中途半端なことしないでよ! 騙すんだったら、最後の最後まで騙してよ!」

吉田 修一. 国宝下花道篇 (朝日文庫) (p. 49). (Function). Kindle Edition.

この彰子のセリフにも、強く心を打たれました。
物語の中心には、芸にすべてを捧げる喜久雄や俊介の姿がありますが、その陰には彼らを支え続ける人たちの存在がありました。
その誰もが、ただ受け身で寄り添っているわけではなく、自分の覚悟を持って支えているのです。
簡単に割り切れるような関係ではなく、時に傷つきながらも、信じ、愛し、見守る。
登場人物たちの“支える側の生き方”にも、私は何度も胸を打たれました。
この物語は、主役だけでなく、脇を固める人物たちの生き様までもが丁寧に描かれていて、読み終えたあとに彼ら一人ひとりが心に残ります。

さいごに

『国宝』は、ただの芸道小説ではありませんでした。
生きることそのものを舞台に立たせるような、魂を削るような生き様の物語。

喜久雄と俊介、それを取り巻く人々の強さや切なさ、美しさに何度も胸を揺さぶられました。
華やかな舞台の裏にある孤独や葛藤、そして支える側の人間たちの覚悟。
読むほどに、この作品の“人間”に惹かれていきます。

歌舞伎に詳しくなくてもまったく問題なく、むしろそこから新しい世界を覗き見る楽しさがあります。
物語の余韻が今もなお心に残っていて、またページをめくりたくなる。
そんな一冊でした。

そしてこの物語は、映画化も決定しています。
主演は吉沢亮さんが務め、2025年6月6日に公開予定です 。
スクリーンの中で、彼らの情熱や芸の世界がどのように描かれるのか、今から楽しみでなりません。
ぜひ原作でその熱を感じてから、映画を観に行ってみてはいかがでしょうか。

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