『トリエステの坂道』須賀敦子

『トリエステの坂道』須賀敦子

須賀敦子さんは夫のペッピーノさんとミラノで暮らしていました。

ペッピーノさんは亡くなってしまいましたが、ペッピーノさんの家族たちのことが主に書かれたエッセイです。

・タイトルにもなっている「トリエステの坂道」。

主にトリエステで活躍していた詩人、夫が好きだったウンベルト・サバの世界を把握するため、ひとりトリエステを訪れます。

しかし、サバの何を理解したくて、トリエステの坂道を歩こうとしているのだろう、この町に呼びよせられているのは、サバを通り越して、その先に何かあるのではないかと考えます。

ユダヤ人の母から生まれたサバの異国性、トリエステというウィーンとフィレンツェの文化が混ざっている異文化の重層性。

トリエステを眺めて、イタリアでありながら異国のような姿に、ミラノで暮らしていた頃、イタリアの一枚岩的な文化に耐えられなくなると、空港の雑踏に異国の音を求めに行っていた自分を重ねます。

哀愁感が漂っていましたが、トリエステの美しい描写に訪れてみたくなりました。

 

・「雨の中を走る男たち」

当時、イタリアで傘は贅沢品であり、雨の中背広の前を両手で閉めて走る人と、そうでない人に別れていたのだそう。

結婚して間もない頃、傘を持って夫を迎えに行くと、夫は目が合ったのに気づかないふりをして、置き去りにし、雨の中背広の前を閉めて走って行ってしまいます。

そしてある日、芝居を見に行く時に、夫と同じ鉄道官舎に住んでいた、花を売っているトーニに会いに行きます。

雨が激しくなってきたため、夫はトーニに傘を差し出しますが、断りさよならも言わずに背広の襟元をしっかり握り走って行ってしまいます。

夫といっしょに街を歩いたのも、トーニを見かけたのもこの時が最後でした。

貧富の差や、日本人とは違った感覚も描かれており、また、最後の夫との街歩きというのに切ない気持ちに。

 

・「ふるえる手」

作家のナタリアとの事が書かれていて、彼女の所を訪れた時、ドアを開けてくれたのが、いつもの小柄なお手伝いさんではなくて彼女自身だったこと、コーヒーもお手伝いさんではなく、大病をしたけど、もうすっかり元気と他人事のように言いながら、震える手で彼女が入れてくれたことを、訃報を聞き思い出します。

 

夫の家族のことを書いた「キッチンが変わった日」や「あたらしい家」もよかったです。

日常のことがとても細かく描写されていて物語を読んでいるようでした。



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